この素晴らしい世界を生きるために
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久しぶりにひどいオムライス作っちゃいました
味はともかく、卵が破れてしまってボロボロでした。
悔しかったので写真はなしです
「得意料理」とか言ってたのが恥ずかしい・・・。
修行して、必ずリベンジします

味はともかく、卵が破れてしまってボロボロでした。
悔しかったので写真はなしです

「得意料理」とか言ってたのが恥ずかしい・・・。
修行して、必ずリベンジします

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たしかなこと
作詞・作曲 小田和正
雨上がりの空を見ていた 通り過ぎてゆく人の中で
哀しみは絶えないから 小さな幸せに 気づかないんだろ
時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
空を見て考えてた 君のために 今なにができるか
忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ
自分のことを大切にして 誰かのこと そっと想うみたいに
切ないとき ひとりでいないで 遠く 遠く離れていかないで
疑うより信じていたい たとえ心の傷は消えなくても
なくしたもの探しにいこう いつか いつの日か見つかるはず
いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのままで 見つめていること
君にまだ 言葉にして 伝えてないことがあるんだ
それは ずっと出会った日から 君を愛しているということ
君は空を見てるか 風の音を聞いてるか
もう二度とここへは戻れない
でもそれを哀しいと 決して思わないで
いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのままで 見つめていること
忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ
どんな時も きっとそばにいるから
作詞・作曲 小田和正
雨上がりの空を見ていた 通り過ぎてゆく人の中で
哀しみは絶えないから 小さな幸せに 気づかないんだろ
時を越えて君を愛せるか ほんとうに君を守れるか
空を見て考えてた 君のために 今なにができるか
忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ
自分のことを大切にして 誰かのこと そっと想うみたいに
切ないとき ひとりでいないで 遠く 遠く離れていかないで
疑うより信じていたい たとえ心の傷は消えなくても
なくしたもの探しにいこう いつか いつの日か見つかるはず
いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのままで 見つめていること
君にまだ 言葉にして 伝えてないことがあるんだ
それは ずっと出会った日から 君を愛しているということ
君は空を見てるか 風の音を聞いてるか
もう二度とここへは戻れない
でもそれを哀しいと 決して思わないで
いちばん大切なことは 特別なことではなく
ありふれた日々の中で 君を
今の気持ちのままで 見つめていること
忘れないで どんな時も きっとそばにいるから
そのために僕らは この場所で
同じ風に吹かれて 同じ時を生きてるんだ
どんな時も きっとそばにいるから
今日はおじいちゃんがすき焼き作ってくれました
しょう油が多くて味濃いし豆腐もはいってなかったけれど、とってもとってもおいしかった
おじいちゃんは、僕がちっちゃい頃だから60代の後半まではまさに「男子厨房に入らず」って感じの人でした。本当に包丁も握ったことなかったんじゃないかな。
それが急に料理を始めて、たまに僕たち孫にも手料理を食べさせてくれるようになりました。
そんなにレパートリーは多くないけど、いつも一生懸命作ってくれます。特におじいちゃんの唐揚げは僕の大好物です
台所に立ってお酒をちびちび飲みながら(おばあちゃんにはあんまり飲むなと怒られてるけど)、料理するおじいちゃんを僕はかっこいいと思います
あんなふうに優しい年のとり方をしたいとしみじみ思うのです。
はんぶんにおって、もういちどはんぶんにおって・・・
何枚も折り紙を折っていると、真四角のはずの紙がほんのコンマ数ミリ歪んでいるということが少なくない。
半分に折って端をきれいに合わせると、どこかが少しだけどずれてしまう、或いは小さな小さなしわができてしまう。
ふくろをひらいてつぶす。うらがえしておなじようにふくろをひらいてつぶす・・・
ずれてしまった端をできるだけ丁寧にそろえていく。しわをゆっくりのばしていく。
それでもやっぱりどこかが歪んでいる。
おっておりめをつけてもどす。はしをもちあげてふくろをつくってつぶす。うらがえしておなじようにふくろをつくってつぶす・・・
何度も何度も直すけれど、折り進めていくにつれて歪みは目に見えるようになっていく。でも複雑に折り込まれた紙はもうはじめに戻って元から直すことができない。
まんなかにむけておって、なかわりおり。はねをひろげてできあがり・・・
最後の仕上げをして、折り紙は一見きれいなカタチになる。でもよくよく見てみると、紙が重なってしまったりすき間があいてしまったり。
なんの後悔もなく、納得して折れることなんて滅多にない。
僕はどうすればよかっただろう。
少しでも歪んでいる紙なんて、くしゃくしゃに丸めて捨ててしまえばよかったのか。
それとももう完全に直すことができないとわかったら、すぐに放り出して次の折り紙を折ればよかったのか。
それが“きれいな折り紙”を折るには正しいことなんだろう。
でも、僕には願いをかけたその折り紙を捨てることがどうしてもできない。
はじめから歪んでいたとしても、手を加えるほどずれていくとしても。
最後まで心をこめて丁寧に折り込んでいくことしかできない。
何度でも何度でも願いをかけて。
はんぶんにおって、もういちどはんぶんにおって・・・
何枚も折り紙を折っていると、真四角のはずの紙がほんのコンマ数ミリ歪んでいるということが少なくない。
半分に折って端をきれいに合わせると、どこかが少しだけどずれてしまう、或いは小さな小さなしわができてしまう。
ふくろをひらいてつぶす。うらがえしておなじようにふくろをひらいてつぶす・・・
ずれてしまった端をできるだけ丁寧にそろえていく。しわをゆっくりのばしていく。
それでもやっぱりどこかが歪んでいる。
おっておりめをつけてもどす。はしをもちあげてふくろをつくってつぶす。うらがえしておなじようにふくろをつくってつぶす・・・
何度も何度も直すけれど、折り進めていくにつれて歪みは目に見えるようになっていく。でも複雑に折り込まれた紙はもうはじめに戻って元から直すことができない。
まんなかにむけておって、なかわりおり。はねをひろげてできあがり・・・
最後の仕上げをして、折り紙は一見きれいなカタチになる。でもよくよく見てみると、紙が重なってしまったりすき間があいてしまったり。
なんの後悔もなく、納得して折れることなんて滅多にない。
僕はどうすればよかっただろう。
少しでも歪んでいる紙なんて、くしゃくしゃに丸めて捨ててしまえばよかったのか。
それとももう完全に直すことができないとわかったら、すぐに放り出して次の折り紙を折ればよかったのか。
それが“きれいな折り紙”を折るには正しいことなんだろう。
でも、僕には願いをかけたその折り紙を捨てることがどうしてもできない。
はじめから歪んでいたとしても、手を加えるほどずれていくとしても。
最後まで心をこめて丁寧に折り込んでいくことしかできない。
何度でも何度でも願いをかけて。
はんぶんにおって、もういちどはんぶんにおって・・・